余白のタイポグラフィ・コミュニケーション
2008/11/09
ソフトウェア上の文字の話。日本語のウェブサイトやソフトウェアにはアルファベットが溢れている。それはインターネットやソフトウェアの世界が英語を共通言語にしていることや、文化的にも日本がアルファベットを多く取り入れていること両方ある。とにかく漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット…複数の文字を同時に使うのが日本の特徴だ。そうは言ってももともと違う言語の文字だから、混在した文を読むときに僕らは頭のスイッチを切り替える必要がある。すごく単純な話だけども。
英語その他のヨーロッパの言語は、単語の間のスペースが文章を判断するためのとっかかりになる。
- for people who design interface
英文を読み進めるときは、単語を判別するため無意識的にスペースに意識が向いているはずだ。当たり前だけど、その証拠に区切りを取り去ると文章を計れなくなる。
- forpeoplewhodesigninterface
このスペースは、ビジュアル上の「区切り」となって文全体をレイアウトしているわけだ。ところで「区切り」はスペースだけでなく、文字の大きさや色、配置など、いろいろな手法が発達しているよね。

一方、日本語はビジュアル上の区切りに頼らない読み方ができる。文法上、名詞・動詞に助詞・助動詞がくっついて文が作られていたり、漢字やひらがななどの複数の文字が混在していたりするからだ。
- ラーメンを食べに行ったら隣の男と意気投合した
意味が通じる。……。僕たちは漢字やカタカナが名詞や動詞のはじまりで、そこに繋がるひらがなが助詞や助動詞だろう判断して意味を汲み取っている。英文とは全く違う読み方だ。でも、いちおう日本語にだってビジュアル上の区切りがある。句読点だ。意味をより明確にして複雑な文章にも耐えるようにということで明治以降、漢文の訓読から導入されたわけだ。
- ラーメンを食べに行ったら、隣の男と意気投合した。
このように言葉に対して見た目=ビジュアル上の調整を行うことは、より効果的に意味を伝える上でとても大切なもの。これをタイポグラフィと言う。タイポグラフィと聞いて尻込みする人がいるかもしれないけど、ぶっちゃけた話、そこに書いてあるものを分かりやすく、魅力的にするために、見た目で解決する、そういうことだ。タイポグラフィの視点は、決してアーティストやデザイナーだけの特権じゃない。すごく簡単なことだって意味を持つ。
- WikipediaでBarack Obamaの記事を見つけた。
- Wikipedia で Barack Obama の記事を見つけた。
日本語を母語とする人なら、多くの人が前者で書くと思う。後者はキーを余分に打たなきゃいけないから…だけじゃなくて、先ほど書いたみたいに日本語にビジュアル上の単語区切りが必要ないからだ。ところで、余白というものは一般的にものを孤立させて際立たせる効果を持つ。新しい商品の名前や、特に注目して欲しい特徴などがアルファベットならその両側にはスペースを入れるといいかもしれない。また余白は、ゆとりや高級感を演出する材料にもなる。これを利用するためにわざと入れてみるのも手だ。逆に、よく知られた言葉を使う場合や説明の文章が長い場合など、際立たせるよりも読むスピードやリズムを重視したいならスペースを入れない方がいい。
これは、スペース区切りと同じ要素を持つ句読点、改行、行間、字間でも言えることだ。

サービスや商品の「顔」としてのウェブサイトなら当然こういうことは考えられているべきだ。でも道具(ソフトウェア)のインターフェースにだって大事。見やすく快適で、用語や手順を学習した人がさらに使いやすくなるためにという意味でも。特にソフトウェアの場合、人は何度も同じ文章に出会うわけだから、間違って操作しないためにもどこに一貫性を持たせるのか、どこに異なる表現を使うのかということを、臨機応変に使いこなしていくことが求められる。警告が必要なシーンではしっかり文章を見てもらわなければならない。何度も見るメッセージなら、半分飛ばし読みをしても判別できるように、しつこく区切りやスペースを入れてもいい。タイポグラフィの視点は、人が目にするあらゆる文字について考えることができる。それは文の意味と背景を、読む人にうまく伝えるためのデザインだ。

もちろん本格的にやるなら、色、大きさ、レイアウト、書体、境界、質感などを全て扱うことができる知識とビジュアルセンスが必要だけれど、文字区切りや行間のスペースだけだって立派なデザイン。今書いたような視点で取り組めば、きっと効果を期待できるはずだ。
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